大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(ワ)773号 判決

原告 小野誠一郎

右訴訟代理人弁護士 田井純

被告 株式会社第一銀行

右訴訟代理人弁護士 佐生英吉

同 横山勝彦

同 稲薬隆

同 高橋三郎

同 野村昌彦

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は、別紙物件目録記載の物件について東京法務局杉並出張所昭和三〇年一月二一日受付第八五八号の根抵当権設定登記並びに東京法務局杉並出張所昭和三三年八月二六日受付第一九七九六号の根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求原因を次のとおり述べた。

「一、別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)は原告の所有であるところ、原告不知の間に左記の各登記がなされている。

(一)昭和三〇年一月二一日東京法務局杉並出張所受付第八五八号による根抵当権設定登記。

原因 昭和二九年一二月二八日付根抵当権設定契約

債権極度額 金三〇〇万円也

根抵当権者 第一信託銀行株式会社

債務者 大東物産株式会社

(二)  昭和三三年七月一五日付銀行取引契約についての同日付根抵当権設定契約

債権極度額金 二〇〇万円也

根抵当権者、債務者 (一)に同じ。

なお、根抵当権者であった右第一信託銀行株式会社は昭和三七年一二月一日株式会社朝日銀行と商号変更し、さらに昭和三九年八月一九日被告銀行が右朝日銀行を吸収合併して、根抵当権者たる地位を承継したものである。

二、よって、被告に対し右各登記の抹消を求める。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告不知の間に本件各登記がなされたという点を除き「請求原因事実は認める。」と述べ、抗弁として次のように述べた。

第一、

一、被告銀行(当時第一信託銀行株式会社)向島支店では、昭和二九年七月末頃から原告及びその実兄小野庄秉が代表取締役である許外大東物産株式会社(以下大東物産という)と銀行取引を開始し、大東物産は同社所有の東京都杉並区成宗一ノ七一ノ一、宅地一八〇坪三合二勺(五九六・一八平方メートル)を担保として提供し、原告はその所有する右宅地上の本件家屋を共同担保として提供することになったので被告銀行では、右土地、建物につき、元本極度額三〇〇万円とする第一順位の根抵当権設定契約をすべく、所定の契約書を作成して、前記小野庄秉に手渡したところ、原告は昭和二九年一二月二八日大東物産と共に右契約書に担保提供者として署名捺印し、当事者間に、原告主張のような内容の根抵当権設定契約が成立した。

これと同時に原告は、本件家屋の権利証、印鑑証明書、登記申請のための委任状等右根抵当権設定登記に必要な一切の書類を被告銀行に交付したので被告銀行は昭和三〇年一月二一日右登記手続を完了した。

二、その後、被告銀行では、手形貸付等の金額が増加したので、大東物産に対し、増担保の提供を求めたところ、昭和三七年七月一五日大東物産は同社所有の板橋区稲荷台七番地所在の工場に第一順位で又前記土地に第二順位で、原告もまた本件家屋に第二順位で、それぞれ元本極度額二〇〇万円の根抵当権を設定することを承諾し、前回と同様の方法により、原告は被告銀行作成の契約書に担保提供者として署名捺印し、これと同時に、前回と同様の登記に必要な書類を被告銀行に交付したので、被告銀行では同年八月二六日その旨の登記手続を完了した。かようにして、本件家屋についてなされた前記各根抵当権設定契約及びその登記は原告の承諾の上なされたものであるからいずれも有効である。

第二、(代理権の存在の主張)

かりに前記の主張が認められないとしても、本件家屋についての各根抵当権設定契約及びその各登記は原告の正当な代理人大東物産によってなされたものであるから有効である。

すなわち、原告は本件家屋の権利証及び自己の印鑑を長期にわたって大東物産代表者小野庄秉に預けておいたこと、印鑑証明書、委任状等も本件家屋に使用する限り、随時無条件で与えていたこと、本件家屋には右小野が以前より居住し、管理し、現在にいたっていること等の事実を考慮すれば、原告は本件家屋に関して大東物産に一切をまかせ、原告名義でその管理処分をなすことのできる一切の権限を与えていたことが明白である。よって前記の各契約及びその各登記はいずれも有効である。

第三、(表見代理の主張)

かりに右の主張が認められないとしても、表見代理の適用があり、右契約及び登記はいずれも有効である。

一、(1) 原告は昭和二九年末頃、本件家屋を売却することを訴外大東物産に委任し、権利証、印鑑証明書、委任状等を交付して、本件家屋の売却に関する代理権を与えていた。かりに右の如き売却の代理権を与えていないとしても、原告はその頃本件家屋の権利証、印鑑、印鑑証明書、委任状等本件家屋に関する法律行為に必要な一切の書類を大東物産に一括交付したものであるから、これについての何等かの代理権を授与したことは明らかである。

(2) その頃前記第一の一記載のような経緯で根抵当権設定契約及びその登記手続をなしたのであるが、大東物産の右行為が前記代理権の範囲をこえるものであるとしても、原告は右小野の実弟であるし、実兄と同様大東物産の代表取締役であったので、大東物産の債務を担保するため、自己の物件を担保に提供し、その代理権を大東物産に与えることは自然の成行であった。

又、右小野の持参した契約書には、原告の正当な捺印があり、権利証、印鑑証明書その他登記手続に必要な一切の書類もそろっていたので、被告は大東物産に右抵当権設定契約を締結し、その登記手続をなす一切の権限があるものと信じて右契約を締結し、その登記手続を完了したのであるから、被告は大東物産がこれらの行為をなすにつき原告の正当な代理人であると信ずるにつき正当の理由がある。従って、大東物産の請求原因一の(一)記載の行為について表見代理の規定の適用があり、いずれも有効である。

二、(1) 更にその後、原告は昭和三三年夏頃、再び本件家屋の売却を大東物産に委任し、印鑑証明書、委任状等を交付して本件家屋の売却に関する代理権を与えた。

かりに、右売却の代理権を与えていないとしても、既に、原告は、大東物産に権利証、印鑑等を預けていた上、印鑑証明書、委任状等交付したものであるから、前回同様何らかの代理権を授与していたことは明白である。

(2) その頃、被告が大東物産の貸付増加にともなって前記第一の二記載のように根抵当権設定契約及びその登記手続をなしたのである。

かつ前記同様大東物産の請求原因一の(二)記載の行為については表見代理の規定の適用があり、いずれも有効である。よって原告の請求は理由がない。〈以下省略〉。

理由

一、本件建物が原告の所有に属し、原主張の如き登記がなされていること及び右の登記上根抵当権者として表示されている第一信託銀行株式会社は昭和告三七年一二月一日株式会社朝日銀行と商号変更し、更に昭和三九年八月一九日被告銀行が右朝日銀行を吸収合併して、本件物件について根抵当権者たる地位を承継したものであることについては、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで被告の抗弁について判断する成立に争いない甲第二号証の一、二、第三乃至第五号証、乙第一、二号証、第五乃至第七号証ならびに証人小野庄秉、同中村九郎、同亀ケ谷栄彦の各証言及び原告本人尋問の結果を総合考察すれば、次の事実を認めることができる。即ち

原告の兄である訴外小野庄秉は、昭和二二年八月大東物産を設立するにあたり、原告の承諾を得ることなく原告を大東物産の代表取締役として登記をした。大東物産は昭和二九年頃から被告銀行(当時、第一信託銀行株式会社)と取引するようになったが、その後取引額が増加したので、同年一二月その所有する東京都杉並区成宗一ノ七一ノ一宅地一八〇坪三合二勺(五九六・一八平方メートル)及び原告所有の右土地上の本件建物を担保として、被告との間に根抵当権設定契約を結ぶことにした。

当時右小野(大東物産の代表者としての小野であって、その意味において大東物産といってもよい。このことは原告も自陳しているところである。以下同じ)は、原告から本件家屋の売却を依頼されており、(原告は売却の斡旋を依頼しただけであると主張するが、乙第三、五、六、七号証の各記載及び原告が右小野に権利証及び印鑑を預けたことから考えて右の主張は採用できない)権利証と印鑑を預かっていたので原告に無断で、原告名義の委任状を作成し、(但し、その署名は訴外鳥塚徳五郎の書いたもの)原告の印鑑証明書の交付を受け(その署名は右小野のもの)契約並びに登記に必要な書類をそろえ、根抵当権設定契約書には原告名義で署名捺印して、(但しその署名は右鳥塚のもの)同月二八日被告との間に、本件家屋につき前記の土地とともに、大東物産との取引から生ずるすべての債務を担保するため元本極度額三〇〇万円とする第一順位の根抵当権設定を締結した。そして同時に右小野は本件家屋の権利証、印鑑証明書登記申請のための前記委任状等右抵当権設定登記に必要な一切の書類を被告に交付し、被告は昭和三〇年一月二一日その登記手続を完了した。

その後更に取引額が増加したので、昭和三三年になって大東物産は被告から増担保の提供を求められ、同社所有の東京都板橋区稲荷台七番地所在の工場に第一順位で前記土地につき第二順位で本件家屋につき第二順位で、それぞれ元本極度額二〇〇万円の根抵当権を設定することになり、右小野は原告の印鑑はすでに返却してあったので、本件家屋が売れるようになったからといって再び原告から印鑑を借り受けて、前回同様の方法により、同年七月一五日被告との間に根抵当権設定契約を結んだ。(右契約書の署名は右小野のもの)そして同時に右小野は、前回同様の方法で(但し印鑑証明書及び委任状の署名は右小野のもの)そろえた登記に必要な書類(但し権利証は被告が保管していた)を被告に交付し、被告は同年八月二六日その登記手続を完了したものである。〈省略〉。

三、然らば、前記各抵当権設定契約及びその登記手続は、原告自身によってなされたものではなく、又原告が右の各契約及びその登記手続をなすべき代理権を右小野に授与することによってなされたものでもない。

よって被告の第一、第二の抗弁は理由がない。

四、しかし前認定のように原告は右小野に本件家屋の売却を依頼し、その売却に使用するために本件家屋の権利証、印鑑を預けていたものであるから少くとも本件建物を売却する代理権を同人に対し与えていたものと解されるところ被告にとってみれば、右小野の実弟であり、実兄同様、登記上明らかに大東物産の代表取締役である原告が、大東物産の債務を担保するために本件家屋につき、抵当権設定契約を締結することに何等危惧の念を抱かなかったとしても、誠に無理からぬことであるから大東物産において、本件家屋につき根抵当権を設定する代理権を有しないとしても原告の実印が押印された契約書、権利証、印鑑証明書等抵当権設定契約ならびにその登記をなすに必要な一切の書類が大東物産により作成提示された以上被告において大東物産が原告の代理人として右の行為をなす一切の権限があると信じたことには何等責むべき点はなく、かく信ずるにつき正当の理由があるものというべきである

従って大東物産の右行為については民法第一一〇条に規定する表見代理の成立が認められるから、原告としては、大東物産の行為に対しその責に任ずべく本件抵当権設定契約及びその登記手続は、いずれも有効であるというべきである。

よって、原告の請求は理由がないからいずれもこれを棄却して〈省略〉主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例